死ぬことは、人ごとか、自分ごとか

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死ぬことは、人ごとか、自分ごとか

楽しく生きてますか?
何のために生きてますか?
いつかかならず死ぬって知ってましたか?

ボクが気付くのに30年以上かかったんですが、
これってだれかのことじゃなくて、自分自身のことなんですよ。

 

フシギだな~、って思うのが、
余命宣告されたら、なんで残り時間が急に短くなったように感じるんでしょうか?
世の中には理不尽な事件がたくさんあるし、余命宣告されていなくても、
余命宣告された人よりも、あなたのほうが短いかもしれないんですよ?

この世に産まれたときから、だれもが避けられない死に向かっているはずなのに、
ボクだけなのかもしれませんが、今の若さや健康、生活が長く続くかのような錯覚。

ボクがあと300年生きるわけはないし、
あと100年生きることも難しいだろうから、
ある意味、余命宣告されているはずなのに。
余命数年と宣告されることと、いったい何が違うんでしょう?

本質的にはだれもが理解しているから、
考えると死ぬってことを理解することになってしまうから、
それが怖くて怖くて、考えないようにしてるんでしょうか?

「若い人が夢をみなくなった」ってよくきくようになった気がしますが、
これは死ぬことを本質的に考えなくなったんでしょうか?

死ぬことを考えるというよりは、
生きることを深く考えていくと、最後は必ず死んでしまうわけで、
それをお先真っ暗だと考えるか、そこまで何をして生きるかを考えるかで、
命(余命)の使い道「=使命」は大きく違ってくるはず。

 

この悩みは、社会人になってからか、独立してからの7年か、
堂々巡りの自己質問だったんだけど、
そろそろボクは命の使い道を見つけそうなところまできました。
うまくコトバにできたらいいけど、、、はてさて、どうなることやら。

「人生は有限だから、精一杯だれかのためにがんばりましょう!」
とかそういうことを言いたかったんじゃないんですよ。

みんな残された時間はバラバラだけど、
今という時間はもう戻ってこないんで、
どうせなら楽しんでいきましょうねーってことです。

代わりの利かないこの時間を。

 

カテゴリー: コラム   パーマリンク

 

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