「評価は成長した量で。」

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“成功している人”、”華やかな人”をみると、うらやましいと感じていました。今もまだ進行中かもしれません。うらやましいと感じると同時に、落ち込んでしまう自分もいました。だけど成功するまでの道のりを知っている人に対してなら「おめでとう」と思えるんです。これは、おかしい。”成功している人”は、そこまでの道のりで努力してこなかったんでしょうか?

“成功している人”のその時点をみて、この2つのことを感じるのは、ボクがそこを目指そうとしているか、通過点と考えていて、さらにボクはその手前にいるからでしょう。やっぱり自分の足りないところばかりが目に付くので、落ち込んでしまうんだと思います。それは、フィギュアスケートをみて、ボクよりも滑るのがうまくて、ボクよりもジャンプがうまいからといって、うらやましいとか落ち込んだりするような気持ちにはならないからです。ある程度は仕方ないことだと思うのですが・・・。

これは、「今の時点で、絶対値で比較をしているんだ」と気づきました。

生まれたときから絶対値(=スタート地点)は違うわけで、社会人になった時点をスタート地点としても、そこまでの経緯(もちろん本人の努力も含みます)でずいぶん違うはず。人生はやっぱり公平なんだけど、スタート地点が同じという意味ではないんですね。

では、絶対値で評価するんじゃなくて、相対評価をしてみたらどうでしょう。他人と自分ではなくて、過去の自分と、今の自分とを。絶対値でのスタート地点が高いかどうかは関係なく、そこからどれだけ値を上げたのか、という評価です。

絶対値で比較したときに、まだまだ自分のほうが足りないことが多かったとしても、自分との相対評価では、成長した量では少なくとも勝っていたい。そうじゃないといつまでも追いつけないし、追い越せないし。いつか追いつきたいと願っているのにも関わらず、ここで勝っていないのなら、勝てる部分を考える必要があると思うんです。

絶対値で比較したときにまだまだ足りないことで落ち込んでいるよりも、過去の自分とどれだけ差を付けられるかを競うべきで、ここでもやっぱり向き合うべきは自分自身なんだとわかりました。もちろん、感情はこの通りにコントロールできないけど、最終的にはこういうことなんだってことを知っておくと、ずいぶん違ってきます。

これは他者を評価するときにも言えることで、絶対値としての評価は必要なんだけど、そこばかりに目を向けていると、個人として成長量の多い人を見落としてしまうことになります。

落ち込んだり、クヨクヨすることに時間を割いても、そこから生まれてくるモノは少ないです。それよりも、過去の自分を超えるための行動に出たり、昨年の自分ができなかったことをやってみたり、昨日の自分がやらなかったことをやることで、できることが少しずつですが増えます。それが「できたこと」に変わるので、次の自信につながっていくんじゃないかと、そう信じてがんばろうと思います。

 

2010年に見つけた信念となる考え3つ。

「活かされ、護られている」
「評価は成長した量で。」
「思考の深さと、志の高さは比例する」

カテゴリー: 考える・言葉   パーマリンク

 

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